大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(あ)1179号 決定

国籍

韓国(忠清南道禮山郡吾可面佐方里二一二番地)

住居

名古屋市守山区永森町三六三番地

会社役員

李龍洙

一九三一年二月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年一〇月二三日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人竹下重人外二名の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

平成元年(あ)第一一七九号

○ 上告趣意書

所得税法違反被告事件

被告人 李龍洙

右の者に対する頭書被告事件の上告趣意は、次のとおりである。

平成二年一月一三日

弁護人 竹下重人

同 湯木邦男

同 天野一武

最高裁判所第二小法廷 御中

第一点

原判決は憲法三〇条に違反し、破棄されなければならない。

一、被告人の各公訴年分の各種所得の金額について、被告人のした確定申告額、原判決認定額、被告人主張に係る実際所得金額は、別紙(一)所得金額対比表記載のとおりである。

すなわち、原判決(原判決が引用する第一審判決を含む。以下同じ)は、昭和五八年分において不動産所得の金額を、六五、九三六、〇〇〇円過大に認定し、昭和五九年分において不動産所得の金額を一二、〇〇〇、〇〇〇円短期譲渡所得の金額を三二、七七一、八八九円それぞれ過大に認定した。

二、右のような認定が生じたのは、次のような経緯に因るものである。

(一)被告人が春日井市庄名町字山之内一〇一二番地に所有する

土地(工場敷地および駐車場) 約一五九〇坪

工場二棟 建坪約五〇〇坪(延坪 八五〇坪)

事務所二棟 建坪約 四〇坪(延坪 八〇坪)

トイレ一棟

旭工機株式会社(代表者は被告人、以下旭工機という)に昭和五七年一一月以降賃貸しており、敷金一億円を預り、賃料を月額一五〇万円と定めたが、旭工機の工場移転直後で資金繰が楽ではなかったので、現実にはこれを受領せず、旭工機の経理では未払金としておいた。

したがって、昭和五八年中に、被告人が旭工機から受けとるべき賃料の額は一八〇〇万円であり、昭和五九年中にも、賃料改定の協議はされなかったので、同年中に被告人が、旭工機から受取るべき賃料も一八〇〇万円であった。

右賃料の額は、被告人が、土地の時価、建物の建築費、敷金の額等を考慮して決定したものであって、適正な金額であった。(検乙、一〇、てん末書)

(二)しかるに旭工機の帳簿上では、右土地、建物の賃貸人を大西正夫(被告人の実父)、亀山勘一(被告人の妻の実弟)等に書き換え、昭和五八年一月一日から同年一二月末日までの間の賃料の計算根拠を

建物月額 四八〇万円 年間五七、六〇〇、〇〇〇円

建物敷地月額 一九六万九五〇〇円 年間二三、六三四、〇〇〇円

駐車場 一~ 四月月額 四一万五五〇〇円 小計 一、六六二、〇〇〇円

五~一二月月額 一三万円 小計 一、〇四〇、〇〇〇円

合計 八三、九三六、〇〇〇円

同社の経理担当者小林辰生は国税局査察官および検察官に対して、右はすべて、被告人の指示に従って処理したものであって、事実のとおりであると強弁した。

(三)さらに、右小林は、旭工機が昭和五九年三月三一日に被告人に支払った五〇〇〇万円についても被告人の指示により、未払賃料の内払いとして支払われたものであると説明した。(検甲四三、検調)

(四)検察官は右の事実を主張し、原判決は、これをそのまま認容した。

(五)昭和五九年分については、被告人のした確定申告書において旭工機からの賃料収入は年間三〇〇〇万円と記載されていた。

(六)しかしながら、右小林辰生の各調書(大蔵事務官の質問てん末書、検面調書を含む。)の信用性は極めて薄弱である。

ア、同人は、旭工機の賃料の支払について、被告人不知の間に、しかも賃貸人の名を変更して多額の賃料を計上していたことが、昭和五九年秋に開始された名古屋東税務署による被告人の所得税調査の際に発覚し、被告人に迷惑をかけたため、昭和六〇年一月に解雇され、さらに被告人において旭工機の経理内容を精査したところ、昭和五八年一月から昭和五九年一二月までの間に、同社の売上金の集金小切手を抜きとるとか、架空の支払項目を起票して小切手を振り出すなどの手口で三一回、金額にして一八一〇万円余を横領していたことが判明し、被告人によって告訴された。その横領の事実の一部(金額一〇三八万円余)について公訴を定期され、懲役刑に服した。

イ、検察官は、小林の出所を待って、同人を尋問し(検甲四三-四六)その見込みに沿って供述を整理した。しかもその時期になって、被告人と小林とが接触することを避けるため、被告人を逮捕し、健康上の理由や、会社経営についての心配のため保釈を希望している被告人にも小林の供述に合わせるような供述を求め、保釈に際しては、小林とのいかなる方法による接触も禁止する措置をとった。このことは、小林の供述が崩れやすいものであることを検察官もわかっていたからであろう。

ウ、しかも、旭工機の被告人に対する賃料について、小林は、昭和五八年二月二八日に四か月分の六〇〇万円を、また同年三月三一日には賃料一か月分一五〇万円を未払に計上せよという被告人の指示に背いて、当座勘定から支払ったように振替伝票を起こしていたのである。(検甲四三、検調)

同人の業務上横領被告事件の捜査記録によれば、その頃同人は、買掛金の支払金額を過大に起票して予め、その後の横領の枠すなわち銀行の当座勘定の銀行における現在高と、旭工機の元帳上の残額との開差の額を作っておいて、あらゆる機会に横領をしようと考えていたのであって、その点を本件の捜査において追及されることを避けるために、帳簿上の賃料の不当な経理について、ひたすら検察官の意を迎えた供述に徹したものとみられる。

エ、被告人は、小林に対して、前記のような賃料の増額を指示したこともなく、小林が、供述するような増額後の契約書を作成したこともない。

(七)原判決は、被告人が、旭工機の昭和五八年四月期および昭和五九年四月期の決算書に小林の供述に沿うような記載があり、その決算に基づく法人税申告書の一枚目に被告人が代表者として署名、押印していることをもって、被告人が、小林のした経理処理を指示し、その内容を知っていたものと推認している。

しかしながら、被告人はその経営に係る各社の経理内容には通じておらず、しかも旭工機の経理課長である小林を全面的に信頼していて、各取引についての起票は任せ放しであり、元帳や、銀行の勘定の出入り(集金した手形、小切手等と銀行勘定との照合表)でさえ検認を省略していた程である。(六三、七、二六、小林の供述調書)

法人税の確定申告書は、秋田税理士が作成するが、被告人は税理士から簡単な説明をうけて署名、押印しただけであって、その付属書類の内容は理解していなかった。(六三、六、二三被告人供述調書)

(八)旭工機の帳簿には高額の賃借料を記載する契機について、被告人の調書では全く触れておらず、小林辰生の調書に「暫定的に月額一五〇万円としたが、最終的には四月の決算の結果を見て決定するつもりのようであった」(六二、八、三一付)「昭和五八年四月に被告人の指示により高額の賃借料を記載した」(六二、八、三一付及び六三、一、一九付)との趣旨の調書があるが、他方、小林は公判廷において、

「試算の結果、旭工機の法人税額が四〇〇〇万円を越えることが明らかとなったが、右法人税を支払う資金がなかったことと、会社に力をつけるため旭工機の利益を圧縮するために高額の賃借料を記載した。また、記載された高額の賃料は旭工機の売上げが伸びない限り支払不能の額である」との趣旨の供述をしている。

比較してみると、後者の方がはるかに具体性があり、真実性がある。被告人は小林が業務上横領罪で刑事訴追を受けて以後一度も同人と面接、交信をしていない。また被告人の保釈の条件としても小林との面接、交信を禁止された。このような小林が公判廷で宣誓のうえ行った供述であって、信用性は高いというべきであるのに対し、前者はこの程度の作文は誰でもできると思われてならない。原判決は小林の公判廷における供述を、同人の右各調書の信用性を高める証拠として用いているが、そこには公判廷における供述を誤解している節がある。つまり第一審判決は「旭工機の利益を圧縮するために真実の賃料を高額にした」と理解しているが、「会社に力をつけるため」とは「会社に内部留保をする」との趣旨であり「真実の賃料」とは、申告だけの操作ではなく、帳簿に計上するという趣旨に理解すべきものである。

(九)右のとおりの経緯にてらし、原判決は、旭工機と被告人との間に本件工場の賃料を前記の金額とする旨の合意が成立したものと認定した。

ア、しかしながら、賃料の額の決定もしくはその増額については、判決による場合のほかは、賃借人と賃貸人との間の合意が存在しなければならないのは自明のことである。

イ、本件において、旭工機が被告人に支払うべき地代、家賃の適正額について専門家の意見を徴したところ、旭工機と被告人とが現実に約定した月額一五〇万円に近く、それをやや下廻る金額が適正金額であるということである。(別冊一、鑑定書参照)

旭工機の経理担当者小林辰生が、昭和五八年六月頃、同社の支払地代、家賃の月額を七〇〇万円に近い額に計上することとしたのは、法人税の納税額を少なくするための工作であり、被告人はその当時、その事実を知らなかったのである(小林は、第一審公判において、この賃料増額については、小林、被告人、秋田税理士の三名が協議、決定したと証言したが、被告人が、確かめたところ、秋田税理士はこれを強く否定している。)から旭工機における右の経理操作がされたことだけで、同社と被告人との間に賃料増額の合意が成立したことにはならない。

ウ、被告人は、多年に亘って個人事業を経営し、他方会社役員としての業務に従事し、事業所得、給与所得に係る所得税を納税して来ている者であるから、賃貸料収入が、原判決認定の額に増額されるならば、自分の納付すべき所得税の額がどれ程増加するかについての予測をすることはできた。したがって、前記のような高額賃料を、自分の請求権として確定させるということであれば更に明確な意思表示がなされたはずである。

すなわち、この増額部分について、合意が成立したというためには、旭工機と被告人との間に賃料増額の契約書が取り交わされた事実、あるいは被告人が旭工機に対し増額分の賃料の支払いを請求し、もしくはこれを受領したという事実等が存在しなければならない。被告人が徴した税法研究者の意見も右と同趣旨である。(別冊二、意見書参照)

右に列挙した事実は確認されていない本件において、右増額分の賃料債権も所得税法三六条の「収入金額」にあたるとし、賃料が近隣地の賃料に比較して高額であっても、当事者間に合意があれば「その約定に従った内容で賃料が決定されるのは法理上明らか」であるとする原判決の認定は「純粋経済人である法人が借主である場合の不動産賃貸借の賃料は適正賃料によって定められるのが原則である」という経験則に反する事実の認定であり、ひいては所得税法三六条の解釈、適用を誤ったものというべきである。

エ、かりに被告人が、旭工機における右のような過大な額の賃料計上の事実を知っていたとしても、それは法人税の納税対策上のことであり、後日法人税調査の際その不適切なことを指摘されるならば、法人税の申告を修正すれば足りると考えていたのである。

もともと法人における収益、原価、費用、損失の額は『一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って、計算されるものとする』(法人税法二二条四項)のであるから、法人の支払う地代、家賃の額も一般に公正、妥当なものでなければならない。法人の計上した地代、家賃等の額が著しく高額であって一般に公正、妥当と認められる基準に適合しない場合には、その金額が現実に支払われていても、その法人にとってその過大部分は損金性をもたないものとされる。

したがって、前述のとおり、適正賃料の五倍に達するような過大な額の賃料を、法人が法人税の負担を減少させる目的で、帳簿上計上し損金に算入する経理をしたとしても、法人税に関する税務調査を受ければ、同族会社の行為計算の否認(法人税法一三二条)によって、その部分の損金算入は否認されることは明らかである。

その場合には、その損金算入を否認された部分の賃料が未払となっている場合には、その支払債務は存在しないものとして、賃貸人の所得税には影響を及ぼさないのが通常の実務の取り扱いである。だからこそ、被告人は、法人税調査の際に、法人税の修正申告をすればよいと考えていたのである。

右の事情を、控訴趣意において、被告人のために増額分の請求権が存在しないことを示すものとして主張したのに対し、控訴判決は、論旨をとり違えて、「違法所得も課税所得になる。」、「本件では旭工機について法人税法一三二条による行為計算の否認がなされた事実はない」という判断を示しただけである。(一八-一九頁)

なお付言すれば、控訴判決のいう「所得税法三六条一項にいう『収入すべき金額』については、その収入の基因となった行為が違法であるか否かを問わないと解する」のは、違法行為に基づく収入金額が現実に支払われている場合のことであって、それが未払いにとどまっている場合には課税所得を構成しないものと解されている。

(一〇)本件において、原判決認定の賃料の増額分(もっとも、控訴判決は、賃料の月額を一五〇万円とする合意さえ存在しないと認定する(九頁)が、これは、被告人本人、証人小林辰生の供述記載、小林辰生の別件刑事記録の記載等を無視し、条理に反する認定である。)について、被告人につき確定債権が存在する旨の認定は、前述のとおり、経験則に反するものである。

したがって、右確定債権の存在を前提として被告人につき所得税三六条の「収入すべき金額」があるとした原判決の認定は、同条の解釈を誤り、ひいては憲法三〇条に違反するものである。

すなわち所得税三六条にいう「収入すべき金額」とは「収入すべき権利の確定した金額をいう」(昭和四〇年九月八日最高二小判)のであるから、本件のように、被告人から旭工機に対し支払いを請求する意思がなく、またそれを受領した事実も存在しない部分について「収入金額」があるとすることが、右判例および憲法三〇条に違反することは明らかである。

なお、「昭和五九年三月に被告人が受領した五〇〇〇万円が未払賃料の内払いである」とする控訴判決の認定(九-一〇頁)は、重大な事実誤認であって、これを破棄しなければ正義に反するものである。この点は後述する。

第二点

原判決は、憲法二九条に違反し、破棄されるべきものである。

以上詳述したとおり、本件賃料増額分についても所得税法三六条の「収入金額」であるとする原判決の判断は、同様の見解に基づいてされた課税処分を支持するものであり、ひいては、その課税処分に基づく徴収処分をも支持する結果となる。

そのことは、不確定したがって、未収債権の額を基礎として算出される所得税額を現金で徴収することを支持するものであって、国民のために財産権を保証した憲法二九条にも反するものである。

第三点

昭和五九年分の譲渡所得の認定は、経験則に反するものであり、破棄されるべきものである。

被告人所有であった名古屋市西区押切二丁目六〇二番地三の宅地三〇一、二九平方メートルの売買について、売買契約書、不動産登記はいずれも被告人からサクラ工業株式会社に売却され、同社が社団法人実践倫理宏正会に売却したものであることを示しているにかかわらず、その売却代金が被告人によって費消されているという一事によって、右土地は被告人から直ちに宏正会へ売却されたとする原判決の認定は、不動産取引による権利移転の経過は、契約書の記載内容、不動産登記に即したものであるのが原則であるという経験則に反するものである。

第四点

原判決は、刑事訴訟法四一一条三号四号に該当するもので破棄されるべきものである。

原判決は、「旭工機の決算期である同年四月ごろに至って、被告人は右小林に対して、昭和五七年一一月に遡って、本件工場のうち建物分を月額四八〇万円、敷地分及び駐車場分をそれぞれ月額一九六万九五〇〇円(坪当たり月額一五〇〇円)及び月額四一万五五〇〇円(坪当たり月額一五〇〇円)として帳簿処理をするように指示し、ここにおいて被告人旭工機間で本件工場の賃料が確定した。もっとも、被告人は、昭和六〇年二月、本件工場の賃料を、旭工機関係の被告人の昭和五九年不動産所得が年額三〇〇〇万円になるように減額した」と、認定しているが、この認定は明らかに誤りで、判決に影響に及ぼすべき重大な事実誤認と断ぜざるを得ず、破棄しなければ著しく正義に反すると思料される。以下詳述する。

一、被告人は右のごとき指示をしていない。証拠として被告人と小林の捜査段階における調書と公判廷における供述があるが、捜査段階の調書はいずれも信用性に乏しい。けだし右賃料額決定の動機(法人利益の圧縮)や経緯(小林が公判廷で述べた秋田税理士も加わって、協議したこと)が全く述べられておらず、帳簿をふえんしただけと見えるからである。次に公判廷の供述であるが、小林は被告人から指示されたと言いながら、その指示どおりの帳簿処理を難詰されて解雇されたという。矛盾も甚だしく、とうてい信用できるものではない。このように見てくると、「被告人が指示した」との証拠は存在しないことになる。

二、「賃料が確定した」というのも誤りである。けだし「賃料が確定した」とは「被告人が債権を取得した」との意味であるが、これを認定し得る証拠はない。

(一)まず、非常識に高額の賃料を旭工機の帳簿に記載した目的は、旭工機の利益圧縮と旭工機に力をつけるためである。利益圧縮は高額の賃料を支払うことによって達成できるが、会社に力をつけることはできない。「会社に力をつける」とは、利益圧縮と関連させて考える場合には(利益圧縮と関連させない場合には単に業績を上げるとの意味であろう)、小林が何と弁解しようと、それは「裏金をつくる」との意味以外にはあり得ない。小林が原審公判廷で述べたような「債務として計上された額を手持ち資金として会社に留保する」との意味であれば、借入をして資金を持っている状態は会社に力のある状態ということになろうが、かかる意味であれば、利益圧縮をする必要など全く不要のことだからである。

そうであれば、会社の帳簿には、賃料債務として記載するが、月額一五〇〇万円を越える部分は決して支払うことのないものである。つまり被告人の債権ではないのである。それは会社経費の架空計上にすぎない。

(二)したがって、被告人も、会社帳簿に記載のごとき多額の賃料を請求したこともないし、受領したこともない。昭和五九年三月に受領した五〇〇〇万円についても、被告人は賃料を請求したわけでないことは小林の証言によっても明らかである。この点でも既に捜査段階における調書(賃料を支払えと言われた点)の信用性は崩れている。

そして最終的に賃料支払として処理したのは小林である。そして同人は右処理につき最終的に被告人に五〇〇〇万円の内訳を記載したメモを示してその承認を得たというが、この点は事実に反する。けだし、被告人は右メモを見たことはないというし、小林にしても五〇〇〇万円の充当につき債権発生の最初である昭和五七年一一月分からの充当はできない事情(最初の五カ月分を横領したこと)があったので、五八年五月分以降に充当せざるを得なかったのであろうが、かかるメモを被告人に示せば、右横領の発覚する危険性が多分にあるので、右メモを被告人に示す勇気はなかったとしか考えられない。

つまり、五〇〇〇万円は賃料として受領したとの原判決の認定は疑うに足る十分な理由があるというべきである。

(三)二九〇〇万円の受領についても、旭工機の帳簿に記載の高額な単価による賃料であると認定できる証拠はない。

これについても、小林は、未払賃料一覧表(これには旭工機の帳簿に記載の高額な単価を窺わせる記載がある)を示して被告人の承認を得たというが、右メモは二九〇〇万円を支払った後に小林が作成したことは、筆跡、アンダーライン及び押印の位置からして明白である。原判決は、小林の公判廷における供述(五九年一二月末ころに作成したもので、従来から、毎月記入してきたものでないこと)につき、記憶に混乱を来した末の供述で信用できないとし、右記載や押印の形式も、小林の検察官に対する供述(ノートに未払金残高を記載するようにしていたが-それは毎月記載していくとの趣旨であることは明らか-被告人から二九〇〇万円を請求された際右ノートを被告人に示したとの供述)を左右するに至らないというが、未だ作成されてないノートをどうして示すことができるのか、原判決の論理はとうてい承認することはできない。

三、昭和五九年度の賃料は年間三〇〇〇万円であるとの点も、月額一五〇万円を超える部分は、前述と同様に旭工機の架空経費であって、被告人がこれに対応する債権を取得したことは絶対にない。その理由も前述と同様であり、年額三〇〇〇万円とする申告も前年度分の修正申告の際に税務署員によって指導された計算方法に盲従しただけの過剰申告である。したがって、この三〇〇〇万円を前提としたうえで、架空経費(支払利息七二〇万円)を計上したが、全体としてはなお過少に申告したことにはならないのである。

四、また原判決は、「被告人は昭和五八年二月ころ、旭工機の経理事務担当者である小林辰生に対して、右建物につき月額一五〇万円として、暫定的に帳簿処理をするように指示した」と認定したうえで、「被告人と旭工機との間でもともと本件工場につき賃料を月額一五〇万円とするような合意が成立していなかったのであるから、、、」とも判示している。

これは、被告人が、帳簿処理を命じただけだから合意には至っていないとの趣旨ではないであろう。もしその趣旨であるなら、高額の賃料の方も合意に至っていないことになる筈だからである。そうすると、「暫定的に」したのであるから合意に至っていないとの意味にしか解釈できない。

しかし、いかに暫定的にであろうとも、「とりあえず月額一五〇万円に決定する。」ということであるから、将来変更があるかもしれないとの意味を含んでいるものの、「合意」に至っていると解釈しなければならないことは必然の理である。

五、以上に述べたごとく、原判決は、被告人の所得金額につき、実際の所得金額よりもはるかに過大な所得金額を認定した誤りを犯している。

量刑は脱税額の多寡により影響をうけることは言うまでもないことであるから、誤った事実認定に基づく量刑は、しかも極めて、過重な量刑は、破棄されなければ著しく正義に反すること言うまでもなかろう。

以上

別紙(一)

所得金額対比表

一、昭和五八年分(単位円)

〈省略〉

二、昭和五九年分(単位円)

〈省略〉

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